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| 2003 | ||||
今朝、夢に金高さんが出てきました。大納会にいらしたのです。金さん、そういえばくも膜下で倒れたのでは?と思って、「その後いかがなのですか?」と、彼に話しかけようと思ったところで、あ!金さんは死んでしまったんだ…と思い出し、夢は終わりました。まだ本当に信じられない気持ちで、大納会にもいらっしゃるような気がしてしまうので、そんな夢を見たのだと思います。
今年は初めて神楽坂で先頭を踊らせて頂きましたが、とても疲れて来た時、前を高張ちょうちんを持ちながらおどけて?踊る金さんが目に入ってきて、自然に私も微笑んでしまい、元気付けられ、頑張って踊ることができました。もう、そんな彼を見られないと思うと本当に哀しいし、先頭を踊ることができても、これからはどうやって踊り続けようか?って思ってしまいます。何事にも永遠はないとはわかっていても、突然の出来事に対してはなかなか喪失感は癒えないものですね。それでも、これからも金さんの分も頑張って楽しく踊って行きたいと思います。きっと神楽坂の時は天国から遊びに来てくれることでしょう!
思えば神楽連からの依頼で、音羽の祭に出たのが最初でした。その時の男踊りは、私と、今は亡き大ちゃんと金さんの3人しかいませんでした。止むを得ず、金さんに高張りを持ってもらうことにしました。それまでのつつじ連では何人かの高張りがいて、固定はしていなかったのです。重い高張りを金さんに持ってもらうことに、申し訳ない気持ちでいっぱいだったことを覚えています。しかし、踊りが始まってからの金さんを見た時の衝撃は、忘れられません。「これだ!この人しかいない!」その時からです、つつじ連の高張りが決まったのは。金さん自身もとても楽しそうに、水を得た魚のように、いきいきと踊っていました。
高張りは、連の大事な顔です。14年間、その大事なつつじ連の高張りを守り続けてくれました。金さんのおかげで、今までつつじ連は安心して流し踊りが出来ました。あの元気な、楽しそうな顔が忘れられません。出演が終った後、皆と楽しそうにお酒を飲んでる顔。お酒がすすんでくると、皆の手拍子で踊りだします。本当に阿波踊りが好きで、皆が好きで、つつじ連が大好きだった金さん。最後は10月の地元新宿のパレードでした。金さんの一番最初の高張りと最後の高張りを、その勇姿を見られたことを幸せに思います。一緒の時を過ごせたことを誇らしく思います
これからもつつじ連は、頑張っていきます、金さんの分も。金さんに負けないように、頑張っていきます。金さんのことだから、きっと天国でも、あの笑顔を振りまき、皆の人気者になって踊っていることでしょう。私たちも、あの笑顔をお手本に、あの笑顔を忘れないように、踊り続けましょう。
偉大な高張りがいなくなってしまった悲しみを乗り越え、頑張れつつじ連!ありがとう金さん!
2日間にわたり、お疲れ様でした。何か少しでも役に立ちたかったのですが、何もできなくて申し訳ありませんでした。
金さんが亡くなって悲しい思いをしましたが、久しぶりにつつじ連のみんなに会えて、元気がでました。
金さんが倒れたというメールを貰ってからずっと気にはなっていたのですが、やっぱり奇跡は起こらなかった。今年の夏、神楽坂で「また来年一緒にやろう」と約束して別れたのですが、それができなくて残念でなりません。来年また、あの金さんの笑顔に会えると楽しみにしていたのです。遠い空の下で、一人きりで冥福を祈るには少し寂しすぎる気がしました。
つつじ連の「生みの母」は楠見さんですが、つつじ連の最年長である金さんは「つつじ連の父」と言える人だと思うのです。つつじ連の先頭を高張を持って皆を引き連れ、いつも優しいあの笑顔でみんなを見守っていてくれる、そんな親父だったと思うのです。
そんな親父に最後の別れをしたいと思いました。山口くんだりから、のこのこ出掛けて行っても、たいして役には立たないとは思ったのですが、じっとしては居られませんでした。何の連絡もしないでいきなり行ったうえに、みんなからカンパまでいただき、本当に申し訳なく思います。
金さんが居なくなって寂しいときに、みんなからの励ましをいただき、元気付けられた気がします。本当に良き友、良き仲間に、恵まれたものだと、感謝しています。
生前、金さんも言っていましたが、「つつじ連はイイねー、おれはねー、ここで若い人と居るだけで元気がでるよ!つつじ連最高だねー」、自分もそのとおりだと思います。明るく、元気に、楽しく、そんなつつじ連の活躍を、金さんは天国で見守っていてくれると思います。あの歳にして、あの頑張り、自分も、まだまだ頑張らなくてはと思います。
9月20・21日の土日、今年も東京よさこいが開催されました。
去年結成された"豊島区役所連なな丸隊"は、先生をお招きして踊りを習っています。今年はより激しい動きを取り入れたため、正直練習についていけなくなった時期もあります。でも、つつじ連と同じように目標をもって練習を進めていたのであきらめるのはあまりにも惜しいと思い、神楽坂の後はなるべく参加するようにしました。そのため、どうやら落ちこぼれずにすみました。また、雨のせいで踊り子が精神的に壊れてしまい、いつも真剣というか怖い顔で踊っていた本番をにこやかに笑いながら踊るという芸当までできるようになってしまいました。
今年の天気は最悪で、土曜は雨、日曜は大雨でした。特に本番の日曜は予定していた会場(わたしたちは池袋のほかに大塚で踊るはずでした)が中止になったり、コンテストをキャンセルするグループが出たりで目当ての踊りが見られない方も多かったのではないでしょうか。そんな中、見に来てくださったお客様には本当に(モヒカンにした)頭が下がります。あの大雨の中、つつじ連から多数の応援部隊が来ていただいたことに意を強くしました。ここで改めてお礼申しあげます。
日曜のコンテストで取った賞は5〜6位(いまだに順番がわからない)!事務局が「これで先生に報いることができた」としみじみ語っていたように、練習の成果(これ最近のつつじのキーワードにしたいです)が出たと思います。
来年は、役所におんぶにだっこの運営ができそうもないので、今年中に「よさこい部」が発足しそうです。部員の一人になって来年に備えたいと考えている今日この頃です。
徳島本場の阿波踊りは、多種多様でした。それぞれの連がオリジナルで「うちの連の踊りはこうだ!」というものがあるのでしょう。「ほぅ……」と見とれてしまうような連から、「むむ…っ」と絶句してしまうようなところまで、皆さん自信たっぷりに踊る阿呆でありました。
さて、自分たちを振り返って考えてみて……つつじ連のオリジナルな踊りというようなものは今のところありませんし、これからも作れるものではないと思います。しかし、先輩連に習った踊りを基本とするならば次のことに気をつけていくのがよいのではと、徳島阿波踊りを見て感じました(ただし、女踊りについてのみです)。
@≪足のリズム≫1、2を確実に踏む。
A≪前傾≫体重は軸足の前方に乗せ、かかとはつかない。
B≪蹴り足は高く≫後ろ姿の優雅さが断然違う。
C≪足をつく位置・まわす角度・体重移動のタイミング≫もしも誰かに「腰を切れ、肩を入れろ!」と言われたときには、これを直すのが一番の早道では。身体はひねらず、腰も肩も足の動きに乗せていけば自然に身体全体が回っていきます。
D≪手の軌道と高さ≫これは皆で揃える必要がありますよねぇ。
E≪手先の美しさ≫どうしても観客の目が行く部分です。きれいに振って、決め所でぴんと伸ばした指先は、どこの連でもきれいに見えました。
その他
・鳴り物のテンポがあがっても、リズムは足でしっかり取る。
・誰にでもある左右差!鏡を見て意識して直していく。などなど…
以上は、私自身もなかなかできていないところが多く、踊りながら自分に言い聞かせていることばかりです。皆さんの参考になれば幸いです。
「きれいねぇ」とお客さんに喜ばれ、踊っていて楽しい踊りを皆で目指していきましょう!
追伸 まじめに書いてみましたが、徳島の阿波踊りは単純に楽しかったです。食べ物もおいしいしね。
その後四電(四国電力)プラザという無料演舞場での踊りがある予定でしたが、結局そこではなく(1時間押してしまったので)、また最後に総踊りを見るべく南内町(ミナミウチマチ)演舞場に戻りました(半券にハンコを押してもらえば、何度でも出入りできるのです)。そして総踊り!圧巻!すごい!これはもういいですよぉ。総踊りの踊り子さんの後は一般の人もついて踊れるので、見ていたところから無理やり戻って一般の人の一番前に入って踊りました。
あ〜あ、終わっちゃった、あっという間の夢の2日間。宿舎へもどりまた銭湯へ。しかし、実は阿波の夜はこれだけじゃない!藍吹雪がまた流すというので、現場まで(鷹匠町-タカショウマチ)連れて行ってもらい、またもや千春さんの踊り、藍吹雪の方々の鳴り物に酔いしれ、その上「みなさんもどうぞ踊ってください」という呼びかけに乗って、一汗かいてしまいましたが楽しいのなんの。気づけばまたもや、くすのき連の人達もしっかりいます。阿波魂のLillyさん達にもそこで再会。皆来ているのね、という感じで一層嬉しさ楽しさ倍増でした。夜も更け気づけば1時半。さすがに宿舎に戻って眠ったのでした。
<8月16日(土曜日)>
曇。予定通り9時にバスに乗り込み東京へ。さようなら徳島。見るとまだ9時だというのに、もう演舞場の座席を片付け始めています。もっと名残惜しまないの?
途中また雨。今年は本当に変よね。高円寺に着いたのは11時。気持ちが高ぶっているせいか不思議と疲れを感じません。去年もそうでしたが、これはどうしたわけでしょう。皆さんにお礼を言って家に戻りました。
2年連続で徳島に行きましたが、昨年と今年とは天候のせいもありましたが、全然違う体験、経験をさせて頂きました。それもこれも、つつじ連に入れて、連れて行って頂いたお陰だし、この楽しくも貴重な思い出は、かかわった全ての皆々様のお陰と感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。おしまい
午後には上がるだろうと期待した雨は上がらず。4時すぎ、お祭り中止が決定。でもアスティという会場で公演があるとのことで、連れて行って頂きました。会場に着くと満員状態。入れただけラッキー?最初は上の方で見ていたのですが、その後一番下の地べたに座り、もうかぶりつき状態。総勢何名?。もうすごい人数が踊り込んできましたが、その美しいこと!あと1時間くらいは見続けたかったけど、「あ!」っという間に終わってしまいました。もう3人とも興奮と感動で目がキラキラ状態。やっぱいいよね〜〜〜!
宿舎にもどり、近くの銭湯へ(温泉らしい)。その後、飲みに、私たちもついて行きました。宿舎すぐ近くのお好み焼き屋を占領しての飲み会。「まーくんが来るって」と言っていたのですが、まーくんって誰?と思っていると!!!なんと立川(タテカワ)くんじゃあ〜りませんか!立川くんというのは立川さん(以前NHKのドキュメントに出ていらした方)の息子さん。タキョリーヌは昨年以来、この立川さんのファンだっただけに、もうもう内心大興奮。彼は3歳からお父様に付いて練習に参加していらしたそうです。やっこの糸引きがそれは見事なのですが、実際、糸を体につけ、どんな動きになるか研究したとか、一人で練習する時は、ビデオを撮り、1回目をテレビに映してチェックし、また撮って、それをビデオの方でチェックし見比べたりするとか、いろいろと貴重なお話しを伺えました。やっぱり一芸に秀でている人はたったの18歳(もうすぐ19歳)とはいえ違う!!一朝一夕でうまくなったわけではなく、その裏に人並みはずれた練習量があるのですよね。素敵でした。雨は深夜まで降り止みませんでした。
<8月15日(金曜日)>
雨は?降っていないけど、朝の駅前阿波踊り教室はなし。午後2時以降アーケードで踊るとのこと。では、阿波踊り会館へ行こう!というわけで、まず眉山(びざん)にロープウェーで登り、その後阿波踊りミュージアムでカヨちゃんの写っているビデオをチェック。それから1階でおみやげを買い、有名なおそばや「橋本」で「そば米と生そばセット」を食し(そば米とは、おそばの実の雑炊です。生そばはすだちをきゅっと絞るとそりゃあおいしんですよ)、宿舎に荷物をおいて、いざアーケードへ。2時近くになると続々と観客が集まり、すごい人だかり状態。踊りが始まるともうぐちゃぐちゃ。でも、しっかりと踊りだけは一番前で、ちょっと迷惑?すれすれで見学。阿波踊り教室ではもちろん踊りました。
さあ、夜のお祭りが始まり始まり。見学の人たちと演舞場へ。その直前、徳島へ来ているという噂の高野夫妻と連絡がとれ、演舞場の桟敷席に座っているのをお互い確認。6時半、いよいよ開演!!待望の連7時半の予定。でもでも待てど暮らせど高張提灯の姿は見えず。8時過ぎてもまだ……。1時間遅れでやっとやっと登場。やっぱり悪いけどそれまでの連とは段違い。すばらしい!!のひとこと。待望の連が通ったあとはもう用はない、さあ、いなくなる前に追っかけよ、ってなもんで皆で一斉に(高野夫妻にも目配せして)演舞場を出ました。まだまだ続く
<8月13日(水曜日)夜>
いよいよ徳島に向けて出発。8時に一緒に行くタキョリーヌ(田京さん)とちーちゃん(日比谷千春さん)と高円寺の改札で待ち合わせ。「トヨタレンタリースってこっちだっけ?覚えてる?」「全然」とタキョリーヌも私も方向音痴。こんな二人に連れられ、ちーちゃんは徳島で迷子にならないか不安。8時30分過ぎに、お見送り組が来てくれました。坂井さん、徹さん、さゆちゃん、はくちゃん、のんちゃん、直ちゃん一家、皆様本当にありがとうございました。なんとなく不安になっているので、みんなの顔を見ると安心します。
そして出発。昨年はひとりひとりにそれはそれは大きなお弁当箱が配給されたので、期待していると今年は見当たりません。時は既に9時すぎ。何も食べないで来たタキョリーヌと私ははらぺこ状態。「何か出るかな〜。出なきゃサービスエリアで何か食べればいいよ」しかし!!そんな心配はご無用で、その後そりゃあたくさんのご馳走が出、大満足で一路徳島に向かいました。
<8月14日(木曜日)>
朝9時頃徳島着。雨。それも結構降っている。宿舎先の割烹へ。夜のご馳走の残りを朝食代わりに頂く。それから3人で「岡忠」へ。タキョリンとちーちゃんは念願の濃い目ピンクのけだしを購入。色が合っているといいけど。その後徳島城址公園の博物館で阿波踊りの公演があると教えて頂いたので、そこへ向かう。雨はどしゃぶり状態。早々と席に着いて待っていると、続々とお客さんが集まってきます。すると、「新聞などに開演が1時と誤って掲載されてしまったので、出演者のご好意により急遽特別公演を開催いたします」とのこと!それに、なんと出演は「藍吹雪」さんではありませんか。藍吹雪つーことはかの有名な増田連長お気に入りの「千春さん」もいるんじゃあないの?と…。期待通り!「生」千春さん登場。すらっと背が高く、美しい手の動き、しなやかな踊り。もう、うっとり。そして!さっき受付にいた美人のお姉さんが、この特別公演のために昼休み返上で唄ってくれました。聞けばあの「おこいさん」の2番弟子とか。まあなんという幸運。その上藍吹雪の桑原さん、三木さん(こんな字?)の素晴らしい鳴り物。もうもう、こんな間近で見られて、聞けて、それだけで徳島まで来た甲斐があったというものでした。私なんか心底感動して、じわ〜んと涙が出たほどです。まだまだ続く
■鳴物の運搬について:午前中に運べるとその後の運行がスムーズにいきます。ただし、昨年は三味線を忘れるという大失敗をしてしまい、これまた早めに集合してくださった下杉さんに取ってきてもらうことになりました。よって、ここから導き出される結論は、参加者は出演前の最後の練習には必ず参加すること、そして運搬用の資材をすべて揃えておくことの2点であると思います。
■食事について:白島さんが安くておいしい店を探してきてくれました。個人的には今回のような形態のすし折がいちばんいいような気がするのですが、皆様からのご意見をお待ち申し上げております。
■飲み物について:高円寺駅ガード下の中野寄りのところに"カクヤス"という店があり、連長会のときに江戸っ子連の差し入れ用のビールとお茶を予約しておきました。そうすれば当日冷やした箱を持参することができます。ちなみに無地熨斗もつけてくれるので、あとはつつじ連と書き込むだけで持っていけます。
■打ち上げについて:平日ど真ん中の出演だったので公式的には設定しませんでした。これは年によって変動するものでしょう。ちなみにわたしは車を椎名町の職場に置き、電車でえん屋にかけつけましたが、もうそのときにはつつじの連員は佐藤嘉さんしかおらず、あとは皆浜松市連の皆さんでした。0時頃スタート、2時半お開きといったところです
あのキレ、あのノリ、あのエガオ、そしてあのゲンキ。それは他のどの連より、我「つつじ連」がまさっていたのは、間違いありません。
今年の神楽坂は、去年にも増して、すばらしいできだったと思います。これも、日頃練習した成果の現れであることを考えれば、当然と言えるかもしれません。一年間、ろくに練習もしないで参加させてもらって、本当にありがとうございました。おかげで、実に楽しい、感動の二日間を過ごすことができ、元気百倍になりました。そんな元気をもらったうえに、カンパまでいただき、本当に感謝しています。
二日目の神楽坂まつり終了後の打ち上げの席で、私の発言の一部に、誤りがありました。この場をおかりして、お詫びして訂正させて頂きたいと思います。今回の、つつじ連の大変身ともいえる、見事な出来栄えを可能にしたのは、みんなを引っ張ってきた、機関車役の幹事のおかげだと偉そうに言ってしまったのですが、もう一つ大事なことを言い忘れていました。というのは、その引っ張り役の幹事に、みんながついて行き、努力を惜しまない、みんなの頑張りがあったからこそ、なし得たものであるといううことです。
今から、来年の神楽坂が、楽しみでなりません。フレー!フレー!つつじ連
ホームページのおかげで、つつじ連の活躍を知ることができ、みんなの頑張りに元気付けられています。
私は訓練校を3月14日に無事修了したものの、ここ北浦地方では何年も造園業の求人はなく、他の職種でもと探してみたのですが、やりたくもない仕事を安い給料では勤まりそうにもなく、こうなったら自分でやるしかないと決意し、軽トラまで用意しました。造園業開業の準備を整え、4月下旬から仕事を始めたのですが、なかなか思うように仕事が入らず、苦戦しておりました。
仕事を始めてみて解ったのですが、やはり一人でやるには、いま少し修行をする必要を痛感し、造園業者に弟子入りすることにしました。6月19日に親方の面接を受け、今日、弟子入り決定の連絡を貰って、ほっと一息ついているところです。
なんとか神楽坂に行く旅費は、確保できる見通しがついたので、さっそく航空券の予約をしました。そんなわけで、今年もまたご面倒をおかけしますが、よろしくお願いします。
去年と同じく、7月25日(金)の午前11時に羽田に到着する便で行く予定です。
つつじ連通信やホームページを見ると、今年の合宿は他の連の参加もあって、おおいに盛り上がったようで、羨ましく思っております。練習も去年にも増して熱が入っているようで、今から楽しみでなりません。
月曜日からさっそく修行が始まります。みんなの頑張りに負けないように努力したいと思います。みんなとの再会を励みに頑張りたいと思っています。一緒に阿波踊りができると思うと、元気が沸いてきます。
おかげで元気です。もう後戻りはできません。前向きに元気よくいきたいと思っています。
本日これにて、御免くださりませです。
**向きあった練習対決3番**
体育館の両端から向かい合って踊ってきて、お互い真中で持てる技を駆使して見せ合う練習がなされた。この中で印象に残っているものを御紹介。この練習、鳴物は工夫がしづらくてあまりうれしくないが、踊り子にとっては好敵手が現れるとたまらないようで…。
(1)「猫さま対久代さん(共にくすのき)」わたしが太鼓を叩いている目の前で火花が散っているのがよくわかった。この練習の白眉でしょう。
(2)「まさしさん(市連)対吉田さん(くすのき)」 熱いというよりは暑い対決。カカンカラリン後の着地での床のきしみ具合が最高。
(3)「久代さん(くすのき)対宮之原さん」いたつけの極致。いいもの見せてもらった。
(番外)「石津谷さん(市連)対元木妻さん(くすのき)」身長差約40cm?でも踊りは男女問わず背丈だけではないと思いますよ。
**野心家Lillyの望みとは?**
精力的な取材とTシャツ販売を活発にこなしていた「阿波踊り魂」の記者Lillyさんだが、その活発さの源ともいえるいくつかの発言があったのでここに御報告したいと思います。
その1 セルフうどんはあたしらのアイデや!
今でこそ関東に進出してきたセルフうどんだが、本場讃岐はもちろんのこと、Lillyさんの地元徳島でも結構一般的なファストフードで、高校時代は小腹がすいたときはマクド(関西人はマクドナルドのことをマックと呼ばずこう呼ぶ)かセルフだったとか。関東での隆盛のはるか前、1997年頃には何とセルフうどんの関東上陸を目論んでいたのだ。が、資金面で挫折してしまったのだそうだ。
その2 イケメン連はあたしの夢
宝くじに当たったとしたら実現させたいのがカッコいい男だけで構成する「イケメン連」で、そのパトロネスになりたいのだそうです。踊り子は若い男、お囃子はシブいおじ様方、そしてチビッコ踊りは未来のイケメン、ざっとこんな編成を組むそうだ。
踊りオフシーズンの12月18日から始まった菊池さんによる着付け教室も3月19日の第5回目をもって終了しました。私にとってこの講習は早くも4年目。昨年は主人から「一人で着るのに何年かかるの」とよく言われましたが、ズバリ!奥が深いのです。
着付けなど何も解らない1年目は基本的なことから習い、5回ほどで一通りやったはずなのですが、帯の結び方まではまだまだ。長年ヨガをやっている(?)にしては体の固い私にとって、体の後ろでの帯結び等は困難を極め、何事にもきちんと教えてくださる菊池さんから度々嘆きの声が上がったものです。
それでも2年目、3年目あたりからは要領も得てきましたが、やはり帯はネック。もう自分では無理かなあと思っていた4年目の今回、やっと自分でも納得のいく結び方を習得した気がします。ただ、自分で出来たと思いみんなに見せたら、後ろで帯がダラリと下がっていたりしたこともありますが…。あとは回数を着て慣れていくことだそうです。
毎回色々なレベルの連員が参加するので、教える菊池さんも大変だったと思いますが、回を重ねるごとに教えあったり、励まし合ったり、喜び合ったり、厳しい中にも和気あいあいの楽しい時間でもありました。6時半から9時までずっと立ち通しの講習で、終わった後は疲れも出ますが充実感もあり、みんなでワイワイおしゃべりをしながら区役所を出るのでした。
私達の為に着物に着替えて来て教えてくださった菊池さん、毎回会議室をとってみんなの面倒を見てくださった春日井さん、ありがとうございました。
今年も踊りのシーズンが始まろうとしています。果たして4年間の着付け教室の成果が出せるでしょうか。どうか温かい目で見守ってください。
教室の様子を撮った写真をホームページに載せてもらいましたので、どうぞ熱心な私達の姿を見てください。
皆様、桜まつりお疲れ様でした。初めて見学という立場で参加しましたが、すごく勉強になりました。始めは夢中で写真を撮りまくって踊りをじっくり見られなかったのですが、そのうち、撮ることにも飽きて、踊り見学に集中しました。ついつい女踊りばかり見てしまいましたが、やっこはとっても揃っていてかわいかったです。それと、最後に1列になるところもすばやく揃っていてきれいでした。逆に欠点も目につきます。自分が出ていないので、自分のことは棚に上げてしまいますが、「キレ」がない感じがしました。なんというか、揃っていないのか?!何でしょう。どこが問題なのか、それは今日だけでは結論は出ませんが。きょうのコースは長かったので、やはり最後の方になると、どうしても前傾、けり足が少ない感じもしました。きれいな踊りを継続するためには体力が必要な事を実感しました。
私は、2ヶ月近く踊っていないので、今後の体力づくりに非常に不安を感じております。もしも、体調不良等で本番出演をあきらめる方がいらしたら、是非見学をお勧めします。客観的に見られて、とてもいいですよ。
それにしても、久しぶりの阿波踊りに、このところストレスが溜まってつらい日々を過ごしていただけに、満開の桜の下で皆が踊り始めた姿を見て「ああ、私は阿波踊りが好きだな〜」って思って目頭が熱くなりました。本日は素敵な踊りをありがとうございました。
桜が咲く時期に参加をしたのは初めてだったのにもかかわらず、気持ちよく踊れて、とっても楽しい一日を過ごせました!!なんといっても観客の人たちの拍手拍手…、お世辞でも「上手ね〜。どちらの連ですか」「写真を一緒に撮ってくれますか」など…ますます見ている人達を楽しませてあげたいなぁーと感じ、私なりにファイト〜でいきました!
今回一番嬉しかったのは着物の衿が決まった事です。菊池先生のおかげでいつもより身がひきしまりました。今年は赤ちゃんクラスなので、少しは余裕を持っていけるかな?ストレスを蓄めないよう、気分転換をはかりながら、自分の思っている事をみんなに伝え、ありのままの本来の自分を好きになっていきたいと思います。色々なお祭りにどんどん参加して、もっともっとつつじ連をアピールしたいです。みんなと足並みを揃えて、綺麗で優雅な阿波踊りを踊っていきたいです。まずは自分の直すべきところを直して、高い目標を持ちたいなっ!
@@各会場を巡って@@ その1
今回のサミットは、政府間交渉が行われている「サントン地区」。そこから20キロも離れた世界百数十のNGOが展示やフォーラムなどを行う専用会場の「ナズレック地区」。そしてその中間に位置し、南アフリカや主要政府と企業などがそれぞれ独自のパビリオンで、自分たちの取り組みや主張、提案などを繰り広げている「ウブンドウ村」。さらに私達が苦労して訪ね当てた「セント・ステティアン・カレッジ」のような教育施設など、かなり離れたいくつもの会場でワークショップ等の様々な催しが行なわれた。
私達は、日本のNGOのまとめ役として設立されたNPO法人「提言フォーラム」を通して、主要NGOに認められている「サントン地区」に入るための参加登録を国連に事前提出し、またナズレックの「NGOグローバルフォーラム」への事前登録を南アフリカの事務局に済ませ出発した。登録費用は合計150ドル。現地に到着後、両会場の参加登録証の交付を受けたが、現地通貨で1日1500ランド(日本円で1700円ほど)は、地元住民の生活水準からは非常に高価で、ナズレックの会 場の入り口近くで「地元の大半は参加できない」と訴える青年の姿があった。
(1)NGOの会場「ナズレック」で
元万博の会場であったナズレックには、8つの大きなホールがあり、世界各国から2万人もの草の根の活動を展開するNGOが集まり、それぞれのブースで展示を行い、ひっきりなしにフォーラムやワークショップを行っていた。日本からは、57団体で500人強が参加し、15団体が展示ブースを設置していた。日本の団体も様々であったが、イスラムの人々や中国の法輪功の人々など宗教や信条の異なる人々がそれぞれの立場で、宗教と持続可能な開発について議論をしたり、祈りを捧げたり、また物産を売るだけでみやげ物屋と化したブース、しっかりと連帯を呼びかけるものなど活動方法やアッピールの違いを眼のあたりにした。中でも提言フォーラムが期間中毎日発行していた"CONECT"と題する情報紙は政府間交渉や会議の様子の他、NGOや専門化の見解やトピックス、そしてNGOの活動やその日の主なイベントの紹介など、参加者の貴重な情報源となっていた。
私たちは、ここで、環境教育のシンポジウムに参加した。これからは、視野を広げ自国だけでなく 、世界の人々と共に連帯し、理解し合って様々な取り組みをすすめていくことが欠かせないと実感した。ここでは、さわやかに英語で、セッションのコーディネーター役を務める若き日本人女性の頼もしい姿が印象に残った。
(2)「ウブンゾウ村」で
ここでは、日本の政府と企業などのパビリオンでジャパンデーのメインイベントとして実施していた"日本再発見、日本の公害体験と克服への道"に参加した。
水俣などの公害をどのように克服し、公害対策と経済発展とが両立することを自らの体験で示すとともに、公害防止のための技術的支援を惜しまないという日本のプレゼンテーションは悪くはなかったが、しかし、課題山積みで、交渉難航中のサミットの最中での主張としては物足りなかった。何故、各国をリードするような我が国の具体的な取り組みを発表できなかったのか?これは、ひとえに政府の責任だけでなく私達市民の力不足でもあると思った。この会場には、メインディッシュからデザートまで、すべてをソーラークッカーで調理をするレストランがあり、私達は昼食も夕食もゆっくりと楽しむことができた。現地では殆ど昼食をとる時間を持てなかった私達の貴重なエコ クッキング体験の場ともなった。 つづく
12月13日の金曜日。2002年つつじ連総会&大納会が若松地域センターで行われました。
総会は新幹事長となった茂木同志の司会。目玉は楠見連長が会長に、増田新連長、宮之原新副連長の誕生、幹事会の発足という新体制の紹介でした。それぞれの新幹事のご挨拶は2003年のつつじ連の活動に向けて皆新たな気持ちで迎えられるもので、1年の締めくくりにふさわしいものでした。
納会は、おでん、かき揚げそして新連長増田そば打ち名人の手打ちそば、というメニューで、佐藤嘉宏新パパ就任祝い、何人かの方々の昇進試験合格祝いもついでにお祝いし、うるさく、楽しく、和やかに?盛り上がった会となりました。
幹事をさせて頂いて3年目でしたが、今回は渡辺晶子同志を中心に綿密な計画で行われ、トラブルもなく終わらせることができて一同ほっとしております。大納会は出欠をとるのはさることながら(岡嶋さんご苦労様でした)、メニューを考える(今回はスーパーまで市場調査に行った渡辺同志)、人数に合わせた材料調達、飲み物の用意、食器の用意、配膳等々、レストランの従業員さながらの仕事になりま す。それには幹事だけではなく他の手伝って下さる(片付けも含めて)皆々様のご協力で成り立っていて、1年の終わりに皆で協力して出来上がる会として、良いものだなあ、と思います。
最後になりましたが、菊池さん!裏方でおそばをゆでるのをずっとお手伝いありがとうございました。納会の最後でお名前を出すのを忘れてしまってごめんなさい!この場を借りてお礼申し上げます。千春ちゃんも毎年早めに来てくれてありがとう!他には忘れちゃった人いないかな?
来年の幹事さんは何でも聞いて下さいね。覚えていたら伝授いたします。
今年もつつじ連納めのとき、増田新連長の手打ち蕎麦を目当てに大勢の方が集まりました。例年どおり、弟子の茂木・佐藤両氏も早々に到着し、準備に余念はありません。今年用意された蕎麦粉は60人分、蕎麦打ちは4時間近くに及びました。
そこで、増田師匠の蕎麦打ちぶりをご紹介・・・
粉や水の分量をきっちり量り、ていねいに水回しをして、しっかりと体重を乗せて優しく大きくこね、すばやく均一にのばし、1mm幅にそろえて切る。この一連の動作を3名プラス春日井先生はスムーズにこなしていきます。薬味となるねぎの削ぎ切りも見事!名店にひけをとらない技です。今年から蕎麦打ちをはじめた(さらに最近は蕎麦屋めぐりも・・・)私には、参考になることばかり・・・。そばをゆでるのも大変です。大きな鍋にお湯を沸かし、蕎麦が泳ぐほどの量を入れて、きっちり60秒、ぬめりを取り、氷水で締めてザルに上げます。うまい蕎麦を食べてほしいという思いがこもっていて、ほんとうにおいしく頂戴しました。
さて、納会に先立ち、新執行部が発表されました。楠見連長は会長職へ。「つつじ連を通して生まれた出 会いを大切に、これからも精進しましょう。」増田新連長は今までの15年を支えた楠見会長の労をたたえ、「これからは、俺にまかせろ!」宮之原新副連長も「出演依頼は全部受ける!」と意気込みを表明しました。
その年、連員が集まる最後となる納会、幹事としては落ち度のないよう、それなりに気を使いますが、いつも皆さんの協力のおかげで無事終えることができます。お手伝いを含めて3年間かかわりましたが、来年はバトンタッチできそうです。ありがとうございました。
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